思い出のホール_07

このシリーズは早くも7回目。
書けないことも多いけど、まだまだネタはある。

今回は1992年頃の新中野界隈から。

ピエロ 新中野店

住所:東京都中野区中央4-4-2

新規開店して間もない頃に覗いてみた。
確か設置はアポロン、キューティーフルーツS、アラジン2だったと思う。
当然全部裏モノ。
1階も2階も全部パチスロでこの3機種だけだったような覚えがある。
バイトの給料袋を握りしめてアポロンに全ツして、すごくたくさん投資して14連させてチョイ負けだったような…。
それで怖くなってその後はしばらくこの店で打たなかった。

その後、1階がパチンコフロアとなり、CR回転焼とCRクルクルランドとCR球界王が入ったんだっけかな。
前後するかもしれないけど、トライアンフも導入していたと思う。

そして時を経て、2000年頃に毎日のように通うことになる。
当時は朝イチで7が揃っている機種がアツいというイベントをやっていて、夜に2回に分けて(20時と21時とかだったかな)高設定台の発表があった。
設置は大花火、タロットマスター、キャッツアイ、デルソル、SJP、ブルース・リーなどなど。

とある日、高設定が入るイベントで、5~6台あったタロットマスター全台が7揃いだったので打つ。
朝からずっと調子良く当り続けて、夕方には6千枚を突破。
高設定間違いなしだろう。

1回めの設定発表の時間。
大体この時間で設定6を発表することはなく、設定4や5を発表する。
俺の周りの数台に札が刺さった。
まぁそうだよね。
これは設定6なんだろうから、次の発表のタイミングまで明かさないよね。

2回めの設定発表の時間。
俺以外のタロマス全台に札が刺さる。
一瞬不安がよぎったが、高設定を全台発表するものでもないし、シマ一番の出玉で万枚超えそうな俺の台は札はなくとも明らか。
なかなか粋なことをしてくれるじゃないの。

かくして、人生初の万枚をタロマスで経験した。

サンボール 中野新橋店

住所:東京都中野区弥生町2-26-8

詳しい記録が手元にないが、ここに通ったのは93年~94年頃。
毎週水曜日、バイト先の社員のFさんと一緒に朝から花満開にゼンツするというのを繰り返していた。
「どちらかが10万円以上勝ったら焼肉を奢る」
これが二人の決め事だったのだが、ほぼ毎週のように焼肉を食っていた。

あの頃の花満のシマはホントに活気があって良かった。

エクセレ 中野新橋店

住所:東京都中野区弥生町2-19-13 エクセレビル

この店に通ったのは95年。
野茂英雄がドジャース在籍の初年度で、店内でテレビを見ながら打っていた記憶がある。
次回、方南町界隈について書くが、方南町のホールと並行して通っていた。

まず朝イチはビガーのモーニング。
決まって1列に2台ずつ入っていたので、既に2台引いていたら他の列を漁る…という立ち回りが有効だった。

ビガーのモーニングが落ち着いた後は、パチンコへ。

この店で印象に残っているのは、三洋の羽根物のエンゼルハートIIAA。
スタジアムと同じように大当り中の貯留解除からV入賞までの間にチャッカーに入賞させると、1Rに巻き戻されるという仕組み。
それを繰り返せば永久連チャンも可能。
最初はそれが知られておらず、基本は無駄玉を打たないようにするため貯留解除する直前に打ち出しを止めて待っていた。
大当り中の箱を変えるタイミングで偶然打ちっぱなしにしていて、知らない間に1Rに戻っていたということがあったので気づいた。
当然、その後はラウンド間も打ちっぱなし。
最高で53R継続したこともあった。

他にこの店のパチンコで印象に残っているのは、三共の普通機のサンライズ、銀座の少出玉確変デジパチのアドバンテージSS、ニューギンのセブンショックなど。

 

参考:東京都|中野区|ここって昔はパチンコ屋?

次回予告

1993年頃の方南町駅界隈他の予定。