【報告】福島視察【PC閲覧推奨】

8月6日~7日で福島に行ってきました。

 

今回の目的は以下の通り。
・原発避難民の友人と会うこと
・浜通りに赴き、津波の爪痕をこの目で見ること
・被災地を訪れることによって、僅かながらでも経済効果を促すこと

 

浜通りの視察は、とても貴重な経験となりました。
少しでも多くの方にこの状況を伝えたい。
そう思って、このblogでも報告させていただきます。

 

【南相馬市原町】
7日、友人の案内で南相馬市原町へ。
田舎の街並みを海に向かって車で走っていると、突然眼前に広がる草地。
その瞬間「うわっ」と声を出してしまった。
畑や田んぼではなく、これが津波の爪痕なのです。
震災からもうすぐ5ヶ月。
瓦礫は撤去され、至るところに雑草が生えて、この風景になったようです。
俺が見た風景は瓦礫の撤去と草のおかげで随分と覆い隠されている様子。
それでも……、想像以上でした。

 

以下、原町で撮った写真。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版

原町火力発電所。
俺の足元からまっすぐ上方向へ伸びているコンクリは、おそらく防波堤の基礎部分。
海辺を歩くのに、貴重な足場となってました。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版

足場の基礎部分から陸に向かっている下り階段。
左手が海です。
階段を下った先にあったであろうものが下の写真。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
海水浴客向けのシャワー施設。
おそらく上の写真の階段と繋がっていたのでしょう。
流されて動いてしまったのか、繋がっている部分が決壊したのかはわかりませんでした。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
施設の横にまとめられた瓦礫。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
施設の海側の側面。
木が倒れて建物に寄りかかっている状態でした。
屋根部分が激しく損傷していることから、津波の潮位はこの屋根よりも上だったことがわかります。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
原町の海岸から300mくらいのところにあった民家。
これより海側にあった家は全滅だったのでしょう。
いくらか高台になっていて、2階部分は被害を受けなかったようです。
周りの木々が左向きに傾いているのがわかるでしょうか。
この写真の右側に海があります。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
建物の基礎部分だけが残っているという状況は、至るところで見受けられました。
それ以外の建材はすべて瓦礫として撤去するしかなかったのでしょう。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
原町は山も海もあるところ。
山道を下ると、その先に広がる草地(津波の被害にあったところ)が見えてきます。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
おそらくこの道路は復興のためにも重要な役割を持っているのでしょう。
瓦礫の撤去はもちろん、電信柱も立てられていました。

 

【県道74号線】
行けるかどうかわからないけど、県道74号線を北に進んでみることにしました。

以下、74号線沿いの写真。

あーたんの大学ノート・アメブロ版
74号線の海側。
草が生えてないことを考えると、最近瓦礫を撤去したばかりなのでしょうか。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版

74号線の陸側。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
同じく74号線の陸側。
ここが何だったのか、まるでわかりません。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
真野川の河口付近。
欄干が折れて倒れてます。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
少しわかりずらいですが、川の水面の上にある欄干が倒れ、川岸の上にある欄干は倒れていませんでした。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
欄干に引っ掛かった大木。
切るために目盛りされていました。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
流されて散らばったテトラポット。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
全壊は免れた建物。

あーたんの大学ノート・アメブロ版
まだ復旧作業が途中のようで、段々道が悪くなっていきます。
砂利の部分はアスファルトが欠損して埋め立てられた箇所のようです。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
この箇所はアスファルトの道が完全に流されてしまったようです。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
道が完全に無くなって、応急的な橋が架けられていました。
これより先は一般車両進入禁止。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版

その名も「復興への架け橋」。
時間制の交互通行。
ここで74号線での北上を諦め、Uターンすることに。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
74号線の海側に立っていた2本の木。
木って逞しい…と思いました。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
決壊した防波堤。
茶色のフェンスは、応急処置の防波堤と思われます。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
被害の境目。
ホントに「運が良かった」のと「運が悪かった」のと、それだけの差に感じてなりません。

 

【松川浦へ】
県道74号線での北上を諦め、国道6号線を使って北上し、松川浦を目指すことにしました。
そして途中から再び74号線へ。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
松川浦に差し掛かったところ。
地形的に海沿いであっても大丈夫な地域もあるんだとこのときは思いました。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
しかし、すぐに転覆したままの船が目に入ってきました。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
しかも、たくさんの船が転覆したまま。
作業的にも、水上の作業は後回しなのでしょう。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
流されてしまった車。
もう5ヶ月間もこのまま…。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
打ち上げられたままの船。
自販機は震災の後に設置されたのでしょうか。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
道を挟んで海側と反対側の家屋。
このあたりの浸水は1階部分だけで済んでいるようです。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
津波の高さを物語っている建物を発見したので撮影。
建物の向こうには松川浦大橋が見えます。

 

あーたんの大学ノート・アメブロ版
1階部分が壊滅的な被害を受けている建物をたくさん見ましたが、隣の鉄筋造りの建物との比較のために撮影。

あーたんの大学ノート・アメブロ版
流されたままの家屋。

 

写真は以上です。

 

この後、松川浦大橋の袂まで行きました。
修復工事中で橋に入ることはできませんでした。
その他、海産物センターの跡地なども見ました。
しかしここの被害の大きさがあまりにもショックで、写真を撮る気にはなれず…。

Youtubeなどで、松川浦の被害の様子をupしている方がたくさんいらっしゃるので、興味のある方は是非そちらをご覧ください。
同時に、以前の美しい松川浦を紹介したHPなどもご覧いただければ、ますますその惨事は浮き彫りになるでしょう。

松川浦を後にして、相馬市街へ。
高台になっている場所でも、地震でひび割れした地面などがそのままになっている場所がたくさんありました。

 

俺からの報告は以上です。

 

この状況は実際に訪れてみないとわかりませんでした。

テレビでは伝わらないこと。
被災者の方に聞いた話からでも伝わらないこと。
その場でなければわからない臭いや雰囲気。

 

俺は訪れるのが遅かったのかもしれませんが、それでも実際に自分の目で見て、震災の悲惨さと復興への強い意志を改めて強く感じました。

相馬市近辺の様子だけではまだまだ氷山の一角ですが、3県に渡ってこの状況が続いているのかと思うと、この震災の被害の大きさを改めて感じずにはいられません。

 

またチャンスを作って応援の気持ちを持って訪れたいと思います。